恋心で煮えたぎっている人の頭のなかにどんな作用がおこるのかを、美しい比喩(たとえ)で語ってくれたのはフランスの作家スタンダールでした。ザルツブルクの塩鉱では、冬、葉を落とした木の枝を廃坑のおく深くに投げこんでおきますと、二、三か月たってとりだしたとき、枝はかがやかしい塩の結晶でおおわれているのだそうです。ヤマガラの足ほどもない細い小枝であっても、とりだしてみると、まばゆくゆれてきらめく無数のダイヤモンドをちりばめたようで、枝の形は見えなくなってしまうといいます。恋愛もこれと同じで、相手をきらめくダイヤモンドでかざってしまう結晶作用があるのだと、スタンダールは言っているのです。
(江河徹「あとがき」『幻想文学館5 ファンタスティックな恋の話』くもん出版、1989年)