ふつうの人は、朝、目が覚めてがっかりすることなどないらしい。それどころか自殺の誘惑にかられることすらめったにないらしい。
以前、賛美歌を合唱するのが苦手で教会に行けないと言ったら、ずいぶん自我が強いんですねと笑われたけど、それは少し違う。私は普通になることを嫌がっていたのではなくて、普通になれないことを恐れていた。普通の人のように感じ、考え、行動することができたら、どんなに楽に生きられただろう。たとえば芸術家や科学者には、普通の人と違った視点が必要かもしれない。でも、私は凡人で、特殊な感性は必要ないばかりか、むしろ邪魔にしかならない。当たり前の出来事に当たり前の反応をできることこそが、真っ当な人生を生きるために必要な能力ではないかと、わたしは思うのであるが。

たまに考えが頭蓋を突き破って漏れ出すのではないかと思える時がある。わたしの体は脳にたいしてあまりに貧弱で醜い乗り物であった。